樹木希林の孫・UTA(雅樂)、内田伽羅、玄兎がスゴい!

女優

樹木希林といえば、超有名な大女優です。娘の内田也哉子には三人のお子さんがいらっしゃいます。

樹木希林にとって孫である雅樂(UTA)ウタはモデルでバスケ?内田伽羅(きゃら)は女優で映画『あん』に出演してた?、次男の内田玄兎(げんと)さんは?についてまとめました。

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f樹木希林の孫・雅楽(うた)〈UTA〉がモデルでバスケ?画像

本木雅弘・内田也哉子の長男として生まれたUTA(雅楽・うた)ですが、パリコレモデルとしてデビューしました。かなり緊張したのではないでしょうか。

  本名:内田雅樂(うちだうた)

生年月日:1997年10月1日

出身地:東京都渋谷区

身長:195cm

大学:ドミニカン大学

祖母・樹木希林、祖父・内田裕也

スイスの名門校、ル・ロゼ学院に留学していました(学費が日本円にして年間1600万円以上)が、アメリカのドミニカン大学からスカウトされてバスケットボール選手として活躍されているようです。スカウトされたきっかけは、樹木希林の通訳として海外の映画祭などに同行していた時に関係者の目にとまったことです。

バスケで身長が伸びたこともあるかもしれませんが、父である本木雅弘の身長は174cmで、母・内田也哉子の身長は160cm後半と言われています。特に母方の身長が高めの印象です。

スラッとしていて、足が長すぎるくらい長いですね。ちょっとだけ足の長さを分けて欲しいです。笑

樹木希林の孫・内田伽羅(きゃら)がかわいい。画像

本木雅弘・内田也哉子の長女として生まれた内田伽羅(きゃら)ですが、女優として活動しています。

父・本木雅弘にそっくりで綺麗なお顔立ちです。

 

母・内田也哉子と。絵になりますね。

生年月日:1999年9月16日

職業:女優

2010年、映画『FURUSATO-宇宙からみた世界遺産-』でデビューしました。

2011年に是枝裕和監督の映画『奇跡』に出演、第26回高崎映画祭最優秀新人女優賞を受賞しました。この作品のオーディションへ出場することを勧めたのは共演した祖母・樹木希林でした。

両親(本木雅弘と内田也哉子)は、女優として活動するのはまだ早いと考えていました。

2015年、映画『あん』で樹木希林と再び共演しましたが、前回の共演では直接演技で絡む場面が無かったので本当の意味での初共演『あん』ということになります。

映画『あん』は私もみましたが、とても良い作品でした。本当に感動して泣きました。当時は女子高生の役をしているのが内田伽羅で樹木希林のお孫さんだと知りませんでした。これからの女優としての活躍がとても楽しみです。

樹木希林の孫・玄兎(げんと)はかわいらしい?

内田家の次男として2010年3月25日に生まれました。

テレビに出演した時の画像です。

2015年9月11日放送の『ピッタンコカンカン』に出演しかわいいと話題になりました。

長男・UTAと12歳離れているんですね。まだ小学生ですが、あっという間に大きくなることでしょう。内田家は、教育にお金を惜しまない方針のようですし、ご両親もとても素敵な方なので将来、玄兎さんがどんな人になるのか楽しみです。

芸能人や有名人になるかもしれませんね!

 

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樹木希林のプロフィール

  本名:内田啓子

生年月日:1943年1月15日

死去:2018年9月15日

職業:女優

夫:内田裕也

娘:内田也哉子(エッセイスト、女優)

孫:UTA(内田雅樂),内田伽羅、内田玄兎

1961年に文学座に入り、「悠木千帆」名義で女優活動を始める。

1964年の『七人の孫』で注目を集め、以後、数々のドラマ・映画に出演。

日本アカデミー賞をはじめ受賞歴も多い。

樹木希林が女優となるきっかけは『文学座』のオーディションを受けたことでした。

 

「私は周りが心配するほど無口な少女だったの。なのに不思議ねぇ、たまたま目に飛び込んできた新聞の小さな記事を見て『文学座』の試験を受けたら合格しちゃったわけ」

1000人の応募があった中、合格者はたった10人だけでした。当時18歳でした。

文学座の同期は、小川眞由美、橋爪功などがいます。

 

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「他は美人だらけだったから、一人くらいそうじゃないのも入れとこうかと思ったんじゃないかしら? ただ、私は耳がいいと言われましたね。人のセリフをよく聴いているって。演技のセリフって、相手の出方によって、自分がどういう言い方をするか変わってくるはずなんですよ。でも、相手のセリフを聴いていない人って結構いるんです」

さすが演技派女優ですね。しっかりと演技に向き合っている様子がうかがえます。

私のことを怖いという人もいるみたいだけど、それは私に欲というものがないからでしょう。欲や執着があると、それが弱みになって、人がつけこみやすくなる。そうじゃない人間だから怖いと思われてしまうのね。

私は女優の仕事にも、別に執着があるわけじゃないの。それよりもまず、人としてどう生きるかが大事。だから普通に生きてますよ。掃除もするし洗濯もする。普段から特別、役作りというのもしません。現場で扮装をしたら勝手にその役の気持ちに入り込んでしまう。私の場合、女優業ってそれくらいのことなの」

『寺内貫太郎一家』に出た時は31歳だったの。あれは自分から老婆をやりたいと言ったのだけど、それからというものずっと老婆役ばっかり回ってきて。私より年上の女優さんはズラッといるのに、みんな『私はまだ……』とか言って断っちゃうせいなんですよ。『迷惑しました』って書いておいてくれない?

30代早々から演じ続けた老婆役。しかし、キャリアを重ね、やがて樹木自身の年齢が役に追いつく頃になると、かつてはコミカルだったはずの老婆は、ごく自然体の、観る人の胸を打つ姿に変貌した。’13年には『わが母の記』で2回目となる日本アカデミー賞最優秀主演女優賞を受賞している。

授賞式で『全身がん』を告白しました。その時にこう語っています。

「でもね、今はがんになって本当によかったと思っているんです。自分の体と向き合うようになりましたから。それから、これはちょっと奇妙な話なのだけど……2004年の年末に、タイのプーケット島への家族旅行を予定していたんです。

でも9月にがんの告知を受けて、そんなところに行く気分じゃないということで、キャンセルしたの。そうしたら年末にスマトラ島沖大地震が起きた。予定通り行っていたら、大津波に巻き込まれていたでしょうね。

私だけ助かって孫は流されてしまうなんて苦しい余生を想像すると、がんになって幸いと心底思ったの。それに、私はどのみち死ぬ運命なのだから、それだったらベッドの上で死ねるだけまだマシじゃないのってね」

さらに、夫・内田裕也について続けました。

「内田がね、ここ最近、会うたびに『体調が悪い』ってうるさいの。でも私が『それは辛いわねえ、わかるわよ。私なんか全身がんだもの』って言うと、ピタッと黙るんです。そんな効果もあるのよ」

すごく柔らかい言い方ですよね。このエピソードで樹木希林の人柄が垣間見えた気がします。

内田裕也のDVが激しかったようでそのことについても語っています。

DVが酷くて、こっちもやり返すものだから大変だったのよ。近所の金物屋で『なんでオタクは包丁ばかり買いに来るの?』って訊かれたこともあったわね(笑)。

世間の人は私をDVの被害者だと思っているかもしれませんが、内田には感謝しているんです。若い頃の私は、裡にマグマみたいな激しい感情や自我を抱えていて、『こんな状態でどうやって生きて行けばいいんだろう』と戸惑っていた。

そんな時、更に激しい自我を持つ内田に出会ったのね。彼と一緒にいると、自分は意外とまともなんじゃないかと、楽な気持ちになれた。だから、実は救われたのは私のほうなんです。

そりゃ若い頃は大変だったわよ。でも時が経って年を取るにつれ、ぶつかってばかりはいられなくなるし、それにちょうどいい距離感というのがわかってくる。それまでにちょっと時間がかかりすぎたかもしれないけどね(笑)」

1976年から約40年もの間、内田裕也と別居していましたが、年に二回ほど会っていたそうです。

「それぐらいが私たちにとってちょうどいいの。たまに会う程度だから、お互いに話したいことがいっぱいあるし」

夫婦の愛の形はいろいろありますが、年に二回の距離感がお二人にはちょうどよかったんですね。

二世帯住宅の一階に樹木希林が、二階には娘夫婦と孫3人が暮らしていました。家族についてこのようにコメントしています。

「家族に囲まれて、こんなに平穏無事な晩年を送ることができるとは夢にも思ってなかった。私は自分の人生、『上出来』だと思っていますよ。」

一人の人間として生きることを大切に、そして家族を大切にしてきたからこそ『上出来』な晩年を送れたのでしょう。

「私はね、女優としてではなく、一人の人間として、ひっそりと逝きたいのよ。だからもし私が表舞台から姿を消しても、決して追いかけないでね。」

樹木希林は私の好きな女優の一人でした。お亡くなりになられたので新しい映画に出演することはありませんが、素晴らしい作品をたくさん遺して下さったことに感謝と敬意を表したいと思います。

まとめ

・樹木希林の孫、UTA(内田雅樂)は、195cmの長身でパリコレモデル。大学ではバスケットボール選手として活躍している。

・樹木希林の孫、内田伽羅は、女優として活動している。父・本木雅弘に似ていて美人。

・樹木希林の孫、内田玄兎くんは、現在は小学生で一般人。これからが楽しみ。

・樹木希林は全身がんで死去したが、晩年はとても幸せで自分の人生を『上出来』と評価した。

最後までご覧いただきありがとうございました。

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