梅沢富美男の兄・梅沢武生さんが死去、劇団を率いて役者としての画像

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梅沢富美男といえば、美しい女形とは正反対の毒舌キャラで有名ですよね!そんな梅沢富美男の兄・梅沢武生さんが死去されました。役者として、劇団の座長として活躍された武生さんについてまとめました。(画像あり)

梅沢富美男の兄・梅沢武生さんが死去、役者として活躍の人生!画像

梅沢富美男には、兄・梅沢武生さんがいます。武生さんは、梅沢家では8人兄弟の長男富美男は五男です。大家族なんですね!

富美男は、幼い頃から『天才子役』と周りからもてはやされていました。その反面、兄・武生さんは中学を卒業してから芝居の世界に戻ってきた時に、なかなか科白(かはく・セリフのこと)を覚えられなくて、よく父親に叱られていました。

富美男は当時(五歳)からすでに科白もスラスラと覚えて言うことができたので、父親は「わからないところは富美男に聞け!」と武生に怒鳴ったそうです。そして、泣きながら富美男に教えてもらっていたことがありました。

左・梅沢富美男、右・梅沢武生さん

う~ん…子供時代からチヤホヤされて育ったことがかなり影響して、現在の梅沢富美男はあんなに「オレ様キャラ」なんですね!笑

梅沢武生さんは、1963年(昭和38年)から父の後継として梅沢劇団の第二代座長をしていました。

しかし、近年は病気がちで舞台にたつのも難しくなっていたことから2012年10月に弟・梅沢富美男に座長の仕事を譲りました。

「12月上旬に11歳年上で、ずっと慕ってきた兄の武生さんが倒れて入院したのです。武生さんは出演を予定していた舞台も降板。これまでも、糖尿病やがんを何度も患い、入退院を繰り返していたこともあり、座長を梅沢さんに譲ったという経緯もありましたが、それでも舞台には出演していたんです。だから、今回の病状はそうとう悪いんじゃないかって……」(劇団スタッフ)

出典:週刊女性PRIME

武生さんが大腸がんになった時の梅沢富美男の心境はとてもショックでした。

《兄貴は子供も作らないで劇団と俺たち兄弟のために生きてきたような人。女形をやれって勧めてくれたのも兄貴だし、彼がいなかったら、今の俺や劇団もここまでやってこれなかった。病気を聞いたときはつらくて、本当にどれだけ飲んでも酔わなかったんだ》

出典:週刊女性PRIME

武生さんのことをとても慕っていた梅沢富美男。武生さんとは芝居を通して、特別な絆で結ばれていました。

※追記

武生さんが2022年1月16日に82歳で肺炎で亡くなられました。葬儀は関係者のみで行われました。

武生さんについて、梅沢富美男がこのようにコメントしています。

 

役者として、座長としてご活躍された、武生さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。

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梅沢富美男の兄・梅沢武生さんのプロフィール

↑梅沢武生さん。梅沢富美男によく似ています。

名前 梅沢武生(うめざわ たけお)
生年月日 1940年11月29日
職業 俳優(大衆演劇)、梅沢劇団第二代座長

 

義務教育を終えて劇団に戻ってからは、裏方の仕事から覚えさせられました。下積みが終わってから舞台に立つことが許されました。

まだ幼かった弟・富美男が下手な役者や、兄・武生さんに対しても容赦なく文句を言うことがありましたが、武生さんはそれにも耐え抜き(絶対にいい役者になってやる)と心の中で誓っていました。

芝居の内容を新しくして、時代に合ったテンポを演出するために歌舞伎と洋画を参考にして大衆演劇の新境地を開きました。

そして、大衆演劇の極致とは、“泣きと笑い”、“美しさと豪華さ”、“変わり身の早さ”の三つのうちどれが欠けてもいけないと悟りました。お客さんの反応は上々でした。

新しい演劇の形を作った武生を父は座長として認め、正式に一座を譲ることにしました。

梅沢武生さんは、体調が不安定なことが理由で座長を弟・梅沢富美男に譲って裏方の仕事をメインにしていました。その後、舞台に立つ仕事にも復帰していました。

出典:Twitter

 

梅沢武生さん・まとめ

  • 父の跡を継いで、座長になったものの体調不良で弟・富美男に座長を譲って裏方の仕事をメインにしていたが、その後役者として舞台に復帰していた。
  • 2022年1月16日に肺炎のため82歳で亡くなられた。梅沢富美男は“役者みょうりにつきる”とコメントした。

最後までご覧いただきありがとうございました。

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